ひとりぼっちの風雲児―私が敬愛した本田宗一郎との35年 (F1 GPX books)

著者中村は同郷下関の人。戦中、学生時代から航空機設計に係り、戦後くろがねを経てホンダ入り。四輪の技術者として、エンジン・ボディー含めた開発をリード、名車S600やN360を立ち上げ、本田宗一郎をF-１の世界へ踏み切らせ、その初期F-1の監督として優勝に導いた立役者だというのは、この本を読む人なら先刻御承知の通り。この中村の、「入社以降の本田宗一郎との格闘の歴史」がこの本に書かれる。本田宗一郎の本は、本人の著述、経済評論家、ドキュメンタリー作家、城山三郎、井深大、西田道弘、ホンダ社内限定本（歴代社長の文章を集めた）、など数多く読んできたが、この本と後に第二期F-1の総監督を務めた桜井淑敏の本に描かれる、技術者から見た現場の本田宗一郎は、他の本に書かれた姿と異なる顔を見せる。技術に関して、原理や基礎、最新の知識でなく経験で身に付けたものへの頑ななこだわり。聞く耳を持たず、社長の我を通すワンマン。「舞台上の虚像としての有名人本田宗一郎」（中村の言う、他の本の本田の姿）の現場の顔。読みながら「さもありなん」と感じさせ、結構これが真実に近いのかも知れないと思うが、中村が、最も敬愛して止まなかったと書いたように、本田宗一郎の「憎めない」人格のありさま（野だが卑ではない）が、反面良く伝わって、やはり大きな人物だったと改めて感じる。もう一つ、読めば読むほど藤沢武夫との出会いの不思議さを思わずにいられない。